人生の最期を迎えるときの医療(ターミナルケア)についてお話します。③全人的苦痛という考え方とは

さて

『人生の最期を迎えるときの医療(ターミナルケア)についてお話します。』シリーズ③です。
今回は「全人的苦痛」というお話に入っていこうと思います。

もしこの内容が、『怖い』『刺激が強すぎる』という場合は
無理して読まないでも大丈夫ですからね。
ご自分のペースやタイミングに合わせて
読みたいときに読み進めてくださればと思います。

このシリーズのブログ

① 導入編→こちら

②   最期のときの3つのパターン→こちら

全人的苦痛という考え方。

近代ホスピス運動の創始者 シシリー・ソンダースさんという方は
「患者さんの病気」を診るのではなく、「病気をもった人間」として対応することの重要性を説きました。

 

人生の最期を迎える過程は少しお産とにているような気がします。
それぞれお産も、ひとりひとり違うのですが、ケアするポイントがあります。
さまざまな、「苦痛」(=この言葉は私的には強すぎるので“ケアが必要なこと”の方がスッキリします。)をクリアしていく必要があります。

そして、シシリー・ソンダースさんは、その悩み、辛さを
「全人的なもの」をして捉えるように指導しておられます。

 

体の辛さ(身体的苦痛)だけではなく
社会的な辛さ
精神的な辛さ
そしてスピリチュアルな辛さが複合的に混ざっていると説きました。

 

全人的苦痛

身体的苦痛(辛さ ケアが必要なこと)

人生の最期を迎えるときのプロセスは、病気や病態によってそれぞれ異なりますが
身体的な苦痛がある場合は、なるべくその辛さを取り除くように医療者はあらゆる手段を使ってケアをしていきます。
体のどこかに痛みがある場合は、お薬の調整をして痛みを取るように調整していきます。
お口から内服できない場合には、座薬や貼り薬、注射という手もあります。
呼吸が辛い場合は、酸素を導入したり、お薬を利用したりします。
その他にも倦怠感、食欲不振、嘔気など、症状に合わせてなるべく安楽に過ごせるように対応していきます。

 

 

社会的苦痛(辛さ ケアが必要なこと)

社会的な苦痛とはどういうことでしょうか?
どうしても体調が悪くなると、それまでできていたお仕事などの社会的な責任が全うできなくなることもあります。
家庭の中においても家事が難しくなったり。
現実問題、収入はどうしたらいいんだろう。
そういうことも、ご本人にとったら「つらいなあ」と感じることです。
これは、医者だけの力ではどうにもならないところもあります。
ケアマネさんや、時には行政のお力をお借りしながら方策を模索していく必要があります。
チーム医療の大切さはこういうところに発揮されます。

 

精神的苦痛(辛さ ケアが必要なこと)

もちろん、体が辛いときは心も辛いですよね。
失われていく身体機能に対する苛立ち、抑うつ気分、不安、怒り。。。
様々な感情が生まれては、消え、変化していきます。
いろいろな死生観の方がおられると思います。
でも、「死を受け入れる」ということには、ある一定のプロセスを踏む事が多いです。(これはまた別の機会にお話します)
ときには、その受入れの過程で、心がつらすぎて治療が必要な状態もあります。

 

スピリチュアルな苦痛(辛さ ケアが必要なこと)

この概念は、少し難しいですね。
村田 久行先生は、「自己の存在と意味の消失から生じる苦痛」と定義されています。→こちら

また、村田 久行先生は、
人間の存在を
・時間のなかでの存在
・周囲との関係の中での存在
・セルフコントロール、すなわち自律できる存在
によって成り立っている。

として、この存在が「死」によって脅かされることにより生じる苦痛を「スピリチュアルペイン」としています。

やはり、パッと聞いても難しいので
また別の回でもう少し解説したいと思います。

 

 

この考え方の大事なこと。

この考え方の大事なところは、
この苦痛の一つ一つは、分けて考えることが出来ないということを知るということです。
それぞれが影響しあっているということです。

どこか一つでも苦しみが有るなら、その方は「苦しい」状態である、ケアが必要な状態であるということを
関わるチームスタッフ一人ひとりが認識する必要があります。

この考え方は、家庭医のBPSの考え方ととても親和性があると思います。→こちら

 

次のシリーズでは、もう少し、今回説明しきれなかったことに踏み込んで行きたいと思っております。

あん奈